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東京高等裁判所 昭和26年(う)5697号 判決

控訴人 原審検察官 宮本彦仙

被告人 高師保 淵辺宗男

弁護人 山内忠吉 岡崎一夫

検察官 大越正蔵関与

主文

本件控訴は棄却する。

理由

本件控訴の趣意は横浜地方検察庁検察官宮本彦仙作成の控訴趣意書の通りでありこれに対する被告人等の答弁は弁護人山内忠吉外一名作成の答弁書の通りであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。

論旨第二点について。

論旨は先ず本件停電行為は当該単位労働組合員でない第三者の手により且つ職場員たる川崎変電所員の反対を押切つて強行されたものであるから正当な争議行為と謂うことができないと主張するが、本件記録によれば日本電気産業労働組合(以下電産と略称する)は電気事業に従事する労働者即ち日本発送電株式会社(以下日発と略称する)及び関東配電株式会社(以下関配と略称する)を含む九配電会社の従業員を以て組織する労働組合で東京に中央本部を置き、北海道をはじめ九地方に各地方本部を、各都府県にそれぞれ支部を、更に本店、支店、支社、電力所、特定火力発電所、営業所、配電局毎に分会を、更に分会が多数の職場に分れているときは各職場に班を置いているのであつて、本件の日発川崎変電所員二十二名中所長和光吉郎を除き全員電産神奈川支社分会に所属し、同分会は電産神奈川県支部に、同支部は更に電産関東本部を通じて電産中央本部に所属する単一組織の組合であつて組合員は組合の綱領、規約及び決議に服する義務があることが明らかである。而して原審の認定した事実によれば被告人高師保は関配神奈川支店楼橋変電所工務員で電産神奈川県支部常任執行委員、被告人淵辺宗男は日発神奈川支社線路課技師補で電産神奈川支社分会執行委員をしていた者であるが、電産は予てより組合員の賃銀その他の労働条件について日発及び関配を含む九配電会社の経営者の団体である電気事業経営者会議に対し要求をしていたが、昭和二十四年三月別府における電産第四回中央大会の決定に基き原判示の如き経過を経て昭和二十五年三月五日停電ストを実施すべきことを管下各支部に指令し、右指令に基き電産神奈川県支部は原判示の如く東芝柳町及び堀川町両工場の停電ストを決行すべきことを指令するに至つた事実及び右指令を受けた日発川崎変電所班員は原判示の如き事情によりこれを拒否するに至つたため電産神奈川県支部は予定の停電ストを円滑に実施するため常任執行委員たる被告人高師保を現場に派遣することになり、同被告人は同月十三日右川崎変電所配電盤室に赴き、職場員にストを決行すべき旨慫慂したるも同職場員等は依然その態度を変えなかつたため、被告人並に電産神奈川支社分会執行委員としてスト指令を遂行せんがためにその場に来合せた被告人淵辺宗男は共同して組合の指令を実施するため前記両工場に対する配電線のスイツチを遮断した事実が明らかである。故に被告人等は電産川崎変電所班に属する職場員ではないがその上部組織たる電産神奈川支社分会又は神奈川県支部の役員として組合の指令を実施したものであつて、而も右指令が慣例による戦術委員会の諮問を経なかつたとしてもこれを無効乃至不適法な指令と認むべき根拠のない本件においては被告人等が争議行為の一部としてなした本件停電行為を違法とすることはできない。尤も被告人等の右配電線の遮断は職場員の多数決による反対を押切つてなされたことは所論の通りであるが電産労組の規約によれば組合員は組合の決議に服する義務があるのであるから組合員たる職場員が組合の決議に反対した場合にその上部組織の役員がこれを強行したとしても未だ以てこれが正当性を阻却するものとは解し難い。次に論旨は配電盤の操作は一歩これを誤るときは非常な危険を伴う虞れがあるので会社の内部規程により当直責任者又はその指令を受けた当直者以外の者がこれを操作することは禁止されているに拘らず、右禁止を侵してなされた本件停電行為は違法であると主張するが、被告人高師保は関配神奈川支店楼橋変電所の工員であつて、川崎変電所長及び同所員等の面前で同所員に遮断すべき配電線のスイツチの所在を確めた上、その指示するスイツチを遮断したことは記録に照し原審認定のとおりであるから、当直者以外の被告人高師保が右スイツチを遮断したことは内部規程に違反するとは謂いながら右の場合所論のような危険の伴う虞れがあつたものとは認められない。

よつて右論旨も理由がない。

論旨第三点について。

本件停電行為が一般的普遍的な停電ではなく東京芝浦電気株式会社柳町及び堀川町両工場に対する停電であつたことは原審の認定するところであるが労働組合の行う労働争議はその使用者との間において労働関係に関する主張が一致しない場合その主張を貫徹することを目的とするものであるから労働組合としてはその争議行為において当該争議目的を達するためにやむことを得ない必要によつて行われるものである限りその方法については一に労働組合が決定すべき事項であつてその結果において使用者の業務の運営を阻害するに至ることあるも止むをえないところである。而して原審認定のように右電産においては本件争議行為として停電ストを実施することと定め、これが具体的方法として(一)第一波は昭和二十五年三月九日から同月十二日まで東北、北陸、関西地区において、第二波は同月十二日から同月十六日まで中部、中国、四国、九州、北海道地区において行うこと(二)停電の種類は大口動力の昼間工場停電、小口動力の昼間工場停電、官公庁の昼夜間停電の三種類とし実状に応じてその一部又は全部を実施すること(三)停電時間は二時間以内とすること等を決定指令し、この指令に基き電産神奈県支部は闘争指令を発し同月十三日九時より十一時までの二時間昭和電工川崎工場の停電スト、同日十三時より十五時までの二時間東芝柳町及び堀川町工場の停電ストを決行すべきことを指令するに至つたこと及び本件送電線スイツチ遮断が右指令によつて行われたことが記録によつて認められるから本件停電行為を以て単に所謂狙い打ち停電行為であるからという理由で違法だと主張する論旨は当らない。次に本件停電行為が関配神奈川支店長浅津宇一の要請に基く日発神奈川支社長高柳健吉の電産神奈川支社分会執行委員長木村秋次郎宛の「送電停止をすれば電気事業法に触れるから自重するように」との警告並に日発川崎変電所長和光吉郎の「本配電線の送停電は事故の場合を除き六郷給電所又は関配川崎営業所の許可なくして行うことを禁止します」との業務命令に反して行われたことは訴訟記録に徴し明らかであるが叙上説明するとおり労務争議における争議行為によつて業務の正常な運営は当然に阻害せられるに至るものであり、従つてその間において使用者の発する労働指揮又は業務命令が労働者によつて拒否せられることも起りうることであるから、かかる事態が発生したとしてもこれが為めに何等争議行為の正当性を否認する理由とはならないことは勿論である。又これがために使用者に財産上の損害を生ずるに至ることも当然であつて所論のように財産権の侵害を伴う争議行為なるが故に正当な争議行為でないと断定することはできない。固より労働者が使用者の意思を排除して企業経営の権能を行い使用者の私有財産の基幹を揺がすような争議行為はわが国現行の法律秩序を破壊し到底正当な争議行為と認むべきではない。然し記録に徴すると原審の認定したとおり被告人等が電産の指令を実施するため日発川崎変電所長の業務命令に反し日発が関配より委託を受けている関配所有の東芝柳町及び堀川町両工場に対する配電線を遮断し約十二分間送電を停止したことが明らかであるが該所為を以て未だ右に叙ぶる如き程度の法律上許すべからざる争議行為をしたと断ずることは当らない。而も本件記載によると原審が認定しておるように本件停電ストを実施するに当り電産においては東芝柳町及び堀川町両工場労働組合に対しその日時方法等を連絡し且つ柳町工場に対しては八丁畷線、堀川工場に対しては幸町線よりそれぞれ保安電力を確保し得るよう危険防止の措置をとつていたことが明らかであるばかりでなく重大な事故発生の危険の伴い易い職場放棄等の手段を避け比較的安全にして効果的な停電ストの方法に出たことは電気事業の性質上機宜に適した処置であつたものとも謂いうべく従て本件停電行為を以て必ずしも正当な争議行為の範囲を逸脱したものとは認められないから論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 小中公毅 判事 渡辺辰吉 判事 河原徳治)

検察官の控訴趣意

第二本件停電行為は当該単位労組員でない第三者の手により職場員たる川崎変電所員の反対を押切つて強行されたものであるから正当視する事は出来ない。

従来の慣例によれば停電ストを具体的に決定するには各単位労組の職場選出の専門家を以て構成する戦術委員会に諮問しその答申をまつて停電可能な線を選定していたのであるが本件争議の際は従来の慣例を破り戦術委員会を招集せず単位労組員の意向を顧ずして一部連合体組合幹部の専断で停電ストの決定と指令が為され単位労組たる川崎変電所班が多数決を以て右指令に基く停電を拒否したものであることは原審公判に於ける証人竹内信男、同市川政吉の各証言(記録第百六十二丁裏三行乃至第百六十三丁、記録第二百十七丁表十三行乃至同第二百十九丁表四行)に徴し明らかである。加之配電盤の操作は一歩之を誤るときは非常な危険を伴う虞れがあるのでその技術的特殊性よりして会社側の内部規定により当直責任者又はその指令を受けた当直者以外の者がこれを操作することは禁ぜられて居り非番の当番者は云うに及ばず変電所長と雖も自ら操作することが出来ないようになつていることは原審公判に於ける証人和光吉郎、同山本又蔵の各証言(記録第九十四丁表六行乃至同第九十六丁表一行、記録第百二十一丁裏一行乃至第百二十二丁表一行)により明らかなところで斯る愼重な取扱いを要請されている配電盤の第三者による濫らな操作が如何に危険千万なものであるかは云う迄もないところである。然るに本件停電行為は第一項記載の如き不穏な状況下に単位労組以外の第三者の手によつて行われたものであつて、若し争議行為の名の下に斯る行為が放任されるとするならば延いては争議行為の故を以て社会秩序の攪乱を承認したにも等しいこととなり斯る第三者による停電行為が違法であることは言を俟たないところである。

第三本件の如き狙い打ち停電行為は正当でない。

本件停電行為が必至と見るや日発神奈川支社長高橋健吉は関配神奈川支店長浅津宇一の要請により電産神奈川分会執行委員長木村秋次郎宛に「送電停止をすれば電業事業法に触れるから自重するように」との警告書を発したことは原審公判に於ける証人高橋健吉同木村秋次郎の各証言(記録第四百二十七丁裏二行乃至十二行、同第四百二十八丁表六行乃至八行及び記録第三百二十六丁裏四行乃至十三行)並に押収に係る昭和二十五年地押第三三八号の二及三の文書の各記載内容自体に照らし明瞭であつて又本件停電行為の行われる直前に前記和光吉郎が業務命令を貼付して警告を発したことも明らかなところである。然るに被告人等は縦令十二分間の短時間とは申せ使用者の意思を排除して日発が関配より委託を受けて居る関配所有の配電盤に対する支配を其の掌中に収めて停電行為に出でたもので斯る財産権の侵害を伴う争議行為は到底正当なる行為と認めることは出来ない。斯様な行為をも正当な争議行為として許すこととなればそれは労働者側の争議権を偏重して使用者側の権利を不当に侵害し法の求める調和を破ることになるからである。

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